消耗なんてしません。

習慣について。

アドレナリンセックス2

アドレナリンセックス - 消耗なんてしません。

つづきのような日記。

 

一瞬、苦痛を与えられていきまくるというセックスにはまっていた時期がある。上の日記のころ。

服を着たらぎりぎり隠れるところは傷だらけだった。背中には爪の跡や殴打の痣と出血、二の腕にはぶろうじょぶのときに掴まれた痣など。

スパンキングなんて生易しいものではなく、今思えばあれは暴力のたぐいだった。かなり痛かったし。ただすごく甘かっただけで。

 

今ならわかる。

あれらの行為は、苦痛を与えられ続けることで感覚がバカになって、過ぎた刺激が勝手に快楽に変換されていたってことが。(苦痛でも濡れる)

でも、いろいろな悲しいことをそれで誤魔化せていた。

これはわたしだけじゃなく、相手にも言える。寧ろ彼の方が必要としていた。傷ついた少年(今はもう笑い話になってるけど)にとってはまあまあな癒しだったんだろうな。


今は痛いことも苦しいことも好きじゃない。してほしくない。

痛くて苦しいことをしないといけなくなったと思っていたけど、今の恋人のおかげて普通に戻れた。

今の恋人とは長い間親しい友達として付き合っていて、久しぶりに会ったときに手をつないでホテルに行った。

そこで優しくいやらしく丁寧に抱いてくれて、月並みだけど月並みなだけ普遍的に幸せで気持ちよくて、目が覚めた気分だった。

そこで前の男が完璧に過去になった。

恋人はわたしを救えてるようで嬉しいと言う。よかった。ハッピースタートですね。

この人とわたしは結婚を考えている。