消耗なんてしません。

※中毒性があります。

寛げなかった人生。映画、17歳を観て。

個人的すぎる備忘録。途中から映画は関係なくなる。

17歳。涙が止まらない。母親と娘の、どうしても理解しあえない隔たりが悲しい。というか、死んでも理解なんてされたくない。理解しようとする母親と、頑なに秘して拒む娘。片方が拒めば拒むほど、追う側は煙に巻かれて必死になり、分からなくて怖いから、罵倒したりする。
私は売春はしなかったけど、顔も知らない男とあって寝たり、知り合ってすぐの男と寝たりを繰り返していたことがあって、でもそれは母親には悟られなかった。でも学校や親に知られていたらかなり問題になっていたことだと思う。金銭は絡まなくても同じようなことをしていたわけだから。というか金銭が絡まない分、余計に不可解に思われそうだ。
結局わたしはそういうことをしてきたわけで、それから逃れられない。そのことを特別なことだと思ったことはない。すごくいい性行為も知っているし、くずみたいな性行為も知っている。みんなわたしのように簡単に性交渉を持たないらしい。そのことも知っている。これは依存症なのだろうか。確かに男の人と性的な接触を保っているときに、とてつもない安心感を覚える。強烈なものは、たとえ安心であっても刺激となる。あとは仕事もどきをしているときは安心。仕事をしているときは不安しかない。もどきだと安心できる。わたしは情緒に問題がある。13のときから止まったまま。あのとき全てが壊れて、修復できなかった。今やっと昔自分が傷ついていたと認めかけている。いじめとか、家族の不和とか、教師との関係とか、そういう誰にでもあるようなことに傷ついているなんておかしいと思っていた。毎日今日で終わりにしたいと、なんで生きてなきゃいけないんだと思うのは当然なのか。ずっとなんてことないって思い込んでいたけど、本当はすごく辛いことだったんだね。今膿みたいに負の感情が溢れ出してるのは自然なことなのか。だからわたしには幼少期の記憶だけじゃなくて、小中学校のころの記憶もほとんどないのか。ずっと心の拠り所だった彼氏がいなくなって、それで誤魔化されてきたものが今一気に溢れてるのか。わたしは自分の人生として認識できるのはやっと高校二年生くらいからなのはそのせいなのね。今突然ひらめいた。なんで気がつかなかったんだろう。今まで辛いことなんてひとつもないと思っていて、人生舐めてるし、苦しいことなんてなくてずっとイージーモードだったなって思って生きてきたけど違ったみたい。高校生の頃まったく夜眠れなくなったのも、ご飯を食べられなかったのも、自傷がやめられなかったのも、毎日泣き暮らしていたのも、よくない生徒だったのも、ただのホルモンのせいだと思っていたけどそれだけじゃなかったのか。でも根が不真面目だから決定的に死にそぐうようなことがなかっただけか。今死ぬことに取り憑かれているのもそのせい?そろそろアマゾンでロープをポチるレベルだけど、別に死ぬ必要ないのかな。一度今死んでる期間だと思っていいかな。もっと悲惨な目にあっている人はたくさんいるだろうけど、もうそういうことは考えなくていいかな。まいちゃんとまいちゃんのお母さん、わたしのことを話しているときに、りさってなんであんなに大人なんだろう?って言ったら、お母さんが、苦労してるのよって言ってた、という話を聞いて、そのときは苦労なんてしてないよーって本気で思ってたけど、割と苦労してたんだった。なんで忘れちゃってたんだろう。自分で言うのもなんだけど、子供のころから人の表情を伺うのに長けているし聡いから受け取るものが多いんだった。人を見る性質なんていらなかったのに。生まれてから17歳までを駆け巡るみたいに追体験している感覚。こういうのって誰かに話して、さらに飛躍して寛解するのだろうけど、誰に聞いてもらえばいいんだろう。うわあ、やっと冷静に子供のころの自分を見れる。すごい。本当にすごい。誰かに言いたい。27歳にしてこんな。なんで急にひらけたんだろう。わたしはボーダーだったんだった。自分を見捨て続けていたんだ。わたしは境界例の基準を読んでも全然意味がわからなくて、見捨てられ感ってなに?ばかみたいって思ってたのに、これがそうなのか。自分が自分を見放して見捨ててきたのが普通だからわからなかったんだね。
一晩でいろいろなことがわかったけど、まだ全部は消化できない。認め切れていない。父親とのことはまだ考えたくない。男の人のことはいろいろあって、それが原因でいじめられたりとかしていたのはまだ見つめられない。さっき思い出しかけてパニックになりそうになってやめた。




わたしはたぶん男も女も怖い。だからあなたより弱いですよ、というのを無意識のうちに発信して守ってもらったり攻撃されないようにしている。