消耗なんてしません。

※全てフィクションです。エロと精神。

春と魔物

わたしの中の女と春は相性が悪い気がする。わたしのお腹の中に魔があって、それが猛烈に春を嫌っている。魔っていうのはもののたとえだけど。

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この間依存症がなりを潜めていてこのまま終わるかのようなことを書いたけど、わたしの依存症はまるで治ってない。驚くほど治らない。セックスしないようにしようと思うのにセックスする方向に仕掛けてしまう。

ある男には、この人とはそういうのじゃなくて友達でいようと一年間気を遣いに遣って、最新の注意を払って接してきたのにもかかわらず、結局わたしを抱きたくなるように思わせたし、まだ体の繋がりがある元恋人たちには連絡をしてしまうし、でもかろうじて、本当にかろうじて行動には移していない。ずっと家にいる。こういう時に一度外に出てしまうと引っ掛けてしまうから。どうしたらいいかわからない。

これで誰かと寝てしまったらおしまいな気がする。

わたしが戒めとしてよく聞いている歌。

Shame clip: Carey Mulligan sings New York, New York - YouTube

 

SHAMEは五年前の映画なんだけど、五年前も今もわたしは同じことで泣いたり笑ったりしてる。

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性依存症だった。

性依存症だった7年が人知れず過ぎた。自分が行方不明なときは1日に複数人と関係した。思い返してもそれをダメともおかしいとも思わない。気力と時間が有り余っていたんだなとは思うけど。Facebookmixiメッセンジャーを開くと今でも大量の人間とのやりとりが残っている。

そんな状態だったのに、今は体の関係があった人間すべてと縁が切れた。なんとなく一区切りついた気がする。7年で人の感性は入れ替わると言うし、その7年が過ぎたんだと思う。でも新しい自分!みたいな感慨は特になく、別段清々しい気持ちも湧かない。7年でいろんな人を見た。数を打った割にはそこまで危険な目には遭っていない。(それよりもこの間強姦されそうになったことの方がよっぽどひどい。)自分のことなのに自分のことじゃないみたいに思える。ある時期は体を売って手っ取り早く稼いでいたけどそれも不確か。ふわふわ夢の中にいたみたい。誰にも言っていない。

別に性行為じゃなくても良かったんだと思う。家族や友人や恋人から隔絶された空間が欲しかっただけで、別にセックスを求めていたわけじゃなかった。でも最近、一人でもそういう世界は作れるって分かったからもう共犯になってくれる相手が必要なくなった。絶対に理解されないものがなぜかほしくて、でも自分でいるだけで絶対に理解されることはない。

前に、君は誰かと一緒に何かするという気がないように見えるし誰かと一緒に生きる気がないだろう、と言われてものすごくショックを受けた。言われて瞬時に心を閉ざしたくらい嫌な言葉だったけど今思えば図星で真理だった。

もうセックスはしない方がいい気がしてる。奇跡。ずっとやめたかったから。あっけなく終わった。

もうこのブログにも書くことはないのかな。

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人生の自由研究

わたしは何のために恋愛をしているんだろうと考えたところ、サンプル採取が目的だったということに最近気づいた。どう考えてもそれ以外に目的はない。今は恋愛していないのかと聞かれて、もう恋愛でやろうと思っていたことはやり尽くした、と口からついて出た。やりたかったことではなく、やろうとしていたことというのが面白いと思った。

多種多様な男や女が見たかった。理性と本能の狭間で起こることを目撃したかった。だからわざとドラマチックに振舞ったりもした。不必要に相手を傷つけその傷をえぐり、また自分自身も傷ついた気持ちになった。相手がわたしを傷つけるように仕向けた。わたしが相手につけた傷は舐めてでも癒したし、相手につけられた傷をその人ではなく他の人間が癒してくれたりもした。他人につけられた相手の傷を、なぜかわたしが誠心誠意治したこともあった。

不思議な交流の連続だった。恋愛においての成長なんてばかげていると思う。誰にでも初めて恋をしているみたいだった。同時に複数の人間と関係してそれぞれに愛せた。わたしはものすごくばかなんだと思う。不真面目だし。1人の人間といるとその外の人間のことを忘れるアホの天才だから、きっと恋愛関係を持った人すべてが、初めてこんなに人を好きになった、こんなに恋してるって感じるのは初めて、君みたいな人は今までいなかった、一緒にいるのが信じられないなどと言うんだろうな。すべての人がわたしといる時はわたしのこと以外すべてどうでもよくなるみたいだった。わたしも相手も狡猾だから自分と相性のいい人間しか選ばないっていうのが大前提にあるとしても。ノートラブルで生きてきたしこれからもそうする。

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あなたが逢魔時

離れで少年が巻いた重いタバコを吸わされてトリップ。フィルターレスで肺にいれると酩酊する。音楽をかけて酒を飲んで床に転がって、細胞が無限に広がるなぁ、やばいな戻ってこれないかも(そんなことはないんだけど)、と思っていたら突然男が嘔吐した。解熱剤との併用は危険。だめだよ。細胞の増殖から我にかえって背中をさするまでおそらく一秒ないくらい。人が嘔吐しているときほど冷静になれる瞬間はないね。なによりも二者間の隔たりが大きいかんじ。ごめん、絨毯が、わるい、うええ、ベッド、ぐええ、とか吐きながら単語の羅列であやまり続けるやつをなだめて意図をくんで運んで、たのむからわたしのベッドではやるなよ、と念じながら放り出して吐瀉物の掃除をして帰ってきたらベッドはきれいでやつは死んでいた。それくらい静かだった。つかれた、これでわたしもやっと眠れる。女に介抱されたなんて恥ずかしすぎてしばらく連絡してこないだろうなと眠りに落ちながら難儀な少年の今後を思った。頬に何かを感じて目覚めるとまだ暗かった。その何かは手のひらだった。目で調子はどうかと尋ねたら遠慮がちに頬をつねられた。照れ隠しのやり方がまだ幼いことに安堵した。安堵したら笑ってしまう。わたしが笑った理由を、やつは勘違いしたままキスした。キスの意味も勘違いされた。大人しく寝てて、という意味のキスに欲情されたらたまらない。多分それも照れ隠しだったんだろうけど。変な夜だった。まるで噛み合わない。その日からやつには会っていない。もう噛み合わないのかもね。

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完璧主義な誰かさん(謹んで愛を込めて)

あの人とのことがようやく腑に落ちた。考え方を変えて、あの人はわたしに何を教えてくれたのか、何を知って欲しかったのかを考えて見たらようやくわかった。あの人はわたしに厳しさを見せてくれた。そしてその厳しさが己に向くとどうなるか、身をもって教えてくれた。

あの人は他人にも自分にも厳しくて、その厳しさが彼自身の脆さを作り出していた。厳しさは体をも蝕むことがある。あの人の厳しさは脆さそのものだった。物事の裏表はいつもこうなのかもしれない。

厳しいということは理想が高いということ。理想が高いということは1つしか受け入れられないということ。(分岐点、パターンは存在しない)自分にも他人に対してもあずかり知らぬところで期待を育んでしまうということ。知らぬ間に大きく育った期待は裏切りを生んでしまうということ。(勝手に期待するけど、人間はそれは見て見ぬ振りをする。それが自然なことみたい)そして裏切りは恨みの親になる。あの人の恨みはわたしに伝染して、わたしも最後にはあの人のことを恨むようになっていた。

どうしてこうしないの、どうしてわたしはこうしなかったの、どうしてどうしてどうしてと求めるばかりになる。強く求めたものが与えられなかった時、もしくは求めて手に入れられていたものが求めても手に入らなくなったとき、人の心は壊れる。

どうしてこんな簡単なことがわからなかったんだろう。物事の連鎖反応をあの人はわたしに教えてくれた。

はっきりと言えることがある。わたしはもうその連鎖から抜け出した。壊れた心は回復した。

本当は彼に手紙を書きたいんだけど、手紙を読む精神的な余裕ももう残っていないだろうから仕方なく記念にここに残す。元気になってほしい。本当は早く会いたい。会ってこのことを話したい。自分のことをもっと知ってほしい。無理かもしれないけど。

 

追記。

あの人がわたしに別れを告げた理由をわたしは間違って捉えていたかも。結婚することがわたしと一緒にいることよりも大切だから、自分の理想の結婚はできないとわかってわたしを遠ざけたのかと思っていた。でもそれは違う。あの人はわたしを遠ざける事によって自分から守ったって分かった。あの人が言っていたこと悩んでいたことをつなぎ合わせるとそうなる。

追記。普通にご飯食べて普通にセックスした。